これは他人の言動についても同じことが言える。
過去に言ったことと今言ったことが食い違っていたりすることが多々ある。
時には午前中言ったことと午後言ったことが食い違っていたりする。
自分の利害の変化によって言うことがころころ変わることもある。

みな状況が変わったからそうなるのである。
だからまず文句なしに今の判断、今言うことに従うことをおすすめする。
原則として良いか悪いかの評価はしないで、まず言われたとおりにやってみる。
危険を感じたらすぐ中止して善後策を考えればいい、危険でなければそのまま進めてみる。
そして結果で判断すればいいのである。

このようにすべて事実本意にやっていけば無理がないと思う。

　人との対話の時も同じことが言える。
相手が自分の意見と違うことや、感心のないことを言うときに、それを素直に聴くのは難しいものである。
その場合に、なるたけ過去や他のことと関係づけないで相手の言うことを素直に聴くことができれば、
相手も喜ぶし自分も負担がかからず助かるのである。
こういったことも意識的な努力によってできるようになると思われる。

　このように過去のことや他のことと関係づけないで目の前の事実に従うことは
日常生活をおくる上でとても大切なことだと思う。

　私は神経質症で悩んでいる人に対して「よい人になる必要はない。
ただありのままの事実を素直に認める人になればいい」と言うことがある。
なぜかというと「よい人になる」のは非常に難しく一生かかってもできそうにないが、
「ありのままの事実を素直に認める」のはそう容易ではないにしても
努力すればできると思っているからである。
人によって解釈が違うかもしれないが、
私はそれが森田理論の求めている重要な側面でもあると思っている。

　かつて森田先生も「修養でもっとも大切なことは、世の中の事実を、
如実に、ありのままに認めるということである。
これはわかりきったようなことであるが、意外にむつかしい」と述べておられる。